本当に痩せる生活スタイル

「糖質制限」というダイエット法

 

「糖質制限食」には、面白い事実がある。

 

それは、この食事療法に慣れて行くと、自分の身体に次々と「変化」が訪れることだ。

 

その「壁」をひとつずつ乗り越えていくと、いつしか「制限技」や「食事に対する考え方」が改められ、更なる健康食の高みへと昇っていくことが出来るようになる。

 

例えば、「糖質制限食」を始めた当初、私は全くのヨチヨチ歩きだった。そのまま、這いつくばるようにして「最初の3週間」を過して壁を乗り切ると、ダイエットで身体が軽くなったせいもあって、ようやく立ち上がることが出来るようになった。そのまま、歩みは遅いが歩き続けていると、次第にスピードが出て小走りに走れるようになった。

 

だが、あまり先に進んでしまうと、すぐに食事メニューが単調になって行き詰り、前方に立ちはだかった壁の周りをグルグルと足踏みせざるを得ないような状態になる。

 

我が家では、悩みの種となるのが寒い冬である。この期間、寒いのが苦手な人は故郷に戻るのだが、その結果、私だけが秋、冬に多くなる仕事を抱えて、冬、一人で山篭りして仕事を続けることが多いのだ。

 

これが毎年年末年始の忙しさと同時に訪れ、この間、東京や地方に出ていって取材に飛び回ることも多い。その結果として生活習慣のペースが抂ってしまう結果となっていた。

 

自宅での糖質制限食にようやく慣れてきた最初の冬、一人暮らしの自炊や外食生活でどう糖質制限食を実現していくか。これが最大の関門となった。

 

自宅でばかり料理を作り続けると「糖質制限疲れ」する怖れがある。いくら健康のためといっても「無理」と「我慢」は禁物である。

 

糖質制限食を導入した家庭の中には、ご主人は積極的でも奥さんや子供が反対し、食を巡る「家庭内対立」が激化。あわや「糖質制限離婚」寸前まで行ったケースもある。一番やってはいけないのは、男性側が糖質制限食の実践を家族に丸投げすることである。医師の著書を始め、糖質制限食に関する様々な書籍を買い求め、「これ読んどいて」などとその学習と実践を家族に委ねてはいけない。

 

家族の側からすれば、ただでさえ面倒な食事の用意に、更なる制限が加わっては、マグマがたまるからだ。やはり「男は黙って、糖質制限」である。自分の信念に従って、まずは自分で本を読み、実践計画を立てて、出来ることから実践すればいい。

 

特にビジネスマンの場合は、昼食や夕食などで同僚と飲み食いしたり、接待されることも多い。従ってずっと家に居られる私の様に、短期間で集中して糖質制限することは難しい。だが、自分の生活パターンをよく考え、糖質制限できる機会を見つけてこれを実践すれば、ゆるやかでも次第に効果が現われる。そうなれば、モチペーションは更に高まって行く。

 

家族の協力を求めるなら、まずは自分から糖質制限食を出来る範囲で実践していこう。例えば、朝食にパンやご飯を食べず、サラダや目玉焼きだけにする。どうしてもパンが食べたかったら、宅配でふすまパンや大豆粉パンを注文し、それを食べて出社すればいい。

 

昼食の誘いも2回に1回は断り、コンビニでハム、ソーセージ、冷奴、サラダ、豆乳という自分で食べたい「糖質制限メニュー」を用意して、結果が出るまでしばらく続ける。あるいは、外食なら糖質制限メニューが選びやすいホテルのブッフェを近くで見つけるとか、やるうと思えば工夫することはいくらでもある。他人まかせ、妻まかせにするより、まずは自分から糖質を制限する姿勢を見せることである。

 

家族の反対で糖質制限食への理解が得られない時は、家では極力ご飯を食べず、おかず類を沢山食べて、少しでも糖質制限する。あるいは外食を少し多目にして居酒屋で自ら糖質制限する方法もある。

 

事実、ダイエット中の人の中には、そうした涙ぐましい自助努力により、1年間で38キロ痩せた強者もいる。ビジネスマンの場合、毎日決まった時刻に出勤するという、ある意味で規則正しい生活が送れるので、やろうと思えばむしろ糖質制限が定期的に行なえるメリットもある。

 

その場合、重要なのは外食だ。自分で自由に好きなものが食べられる外食時には徹底して、糖質制限したメニューを選ぼう。糖質制限食への理解がまだ家庭で進まぬ場合は、決して無理せず、おかずを中心に食べておくことだ。その代り、外食では居酒屋などで糖質制限食でOKなメニューをお腹いっぱい食べる。

 

このように自分で出来る工夫をするだけでも、3ヵ月ぐらい続ければ、糖質制限で5〜10キロ痩せることは、決して難しくないはずである。

 

要は、自分の摂る食事を自分で決めればいいだけの話だ。それをいい大人が他人まかせ、お腹まかせにしているために、糖質の摂取が異常に過多な我が国ではどうしても糖質を摂り過ぎ、現代生活における運動不足も手伝って、メタボリックシンドロームヘと突入してしまう。そこから、どの様にして引き返すか。これは厳しいようだが、自分の食生活を自分で考えて、少しでも糖質制限が可能になるよう、男が自分で工夫しなければいけない。

 

つまり、自分が摂るべき食事を自分で考える。こうした「食の自立」から本当の糖質制限食ライフは、スタートを切るのである。すると家族は必ず協力してくれるはずだ。

 

そして、糖質制限食を自分で始めてみると「糖質制限食」という言葉の厳格な響きとは別に、様々な食品についての知識や健康常識への感心も高まる。更に、糖質制限食の基本理論に基づいてそれを実践すれば、必ず目覚ましい効果が出ることが実感できるだろう。

 

「糖質制限ダイエット」は、糖質制限がもたらす様々な効果のホンの一部に過ぎない。むしろ、そこから更に新たな健康への道が拓けていく一里塚となるのだ。

 

 

 

主食代用品

 

「主食を抜けば」ということが何より重要だということが実際に糖質制限食を始めてみるとよく分る。

 

主食を抜く。例えば白飯のご飯、パスタなどの麺類、あるいは食パンなどの精製した小麦食品を食べなければ、血糖値を上げないポイントは押えられるということである。

 

例えば、精白米のご飯を茶碗一杯で糖質量は55.2グラムもある。医師の提唱する糖質制限食では、1食20グラム、1日3食で60グラムを上限としているから、ご飯を茶碗一杯食べただけで、もう他の料理は食べられない。

 

同様に食パンー枚(6枚切)が26.6グラム、うどん1玉が41.6グラム、中華麺が1玉41.9グラム、スパゲティー人分も55.6グラムの高い糖質量となる。このように「主食」を抜けば、後の食品の糖質量はたかが知れているのだ。すなわち「糖質制限食」で変えるべきなのは、ご飯や麺類、食パンなどを主食とし、それを沢山食べるために、塩辛いおかずやカレー、牛肉の煮付けなどを乗せて食べるという「食習慣」なのだ。

 

何かをおかずにして、主食をたらふく食べる。実は、この考え方そのものの発想を改めないと糖質は上手く制限できないのである。

 

分りやすく言えば、おかずだけでお腹がいっぱいになる食事を目指すのである。

 

以前の私は、麺類が大好きな「麺食い男」だった。だが、海外取材に行っても、日本食がないと夜も昼もあけないというタイプではなかった。どちらかといえば、パン好き人間で、美味しい前菜とメインディッシュがあれば、十分というバタ臭い人間だった。

 

イタリア料理でも分るように、前菜、パスタ、肉又は魚という順番で食事が出てくる。フランス料理も同様だ。だから、海外に行っても毎日和食なしでも全く不自由に感じなかった。

 

糖質制限食というのは、これを和食でも行なえばいいのだと、かなり経ってから気付いた。

 

糖質を沢山摂っていた過去の食事というのは、実は外国に行って、しばらく日本料理がたべられなくなるとそれを恋しく思い、現地のバカ高い日本料理店に駆け込むようなものだった。多くの日本人は白いご飯に白いパン、そしてうどんなどの白い麺類を「主食」とし、味付けの辛い、塩分の高い料理を「おかず」としてかき込む。すなわち、主食を食べるために、おかずを食べるという、従来からの「食習慣」から、なかなか抜け出すことが出来ないのだ。

 

糖質制限食を始めた当初は、パン好きの私でさえも、主食がないと食事が食べられないと思っていた。「主食を抜けば、糖尿病は良くなる」と言われても、ではいったいどんな食事があるのかと考えあぐねた。それは「主食代用品」を探していたためだ。こうした従来の常識から抜け出せるか否かが成功のポイントである。

 

それほどまでに「食習慣」というのは、保守的だ。男性の場合、特にその傾向が強いかもしれない。

 

よく男は幾つになっても「おふくろの味」を追い求めるというが、幼い時に自分を育ててくれた食事への懐かしさ、愛着といったものがその響きから感じられる。そして結婚した後、カミさんの作る手料理に癒され、「妻の料理」に慣れ親しんでいく。主食を抜くと
いうことは、その慣習からの逸脱を意味するのだが、幼い時から育った食習慣を捨て去ることはなかなか出来ないようだ。

 

かく言う私も、糖質制限食を始めたばかりの「最初の3週間」は、主食を摂らないとなると、果してこれから何を毎日食べていったらよいのか、途方に暮れていた時があった。

 

だが、現在のメタボリックシンドロームと糖尿病を放置した身体では、生活の質をやがて維持できなくなるという強烈な危機感が勝った。それ故、過去の食習慣を捨ててでも、一刻も早く、健康な状態に戻りたいという思いがあったのだ。結果的には、それが私の糖質制限食の実践を後押ししてくれた。

 

結論から言おう。主食の代りになるものなどない。それを何かで代用しようとすれば、結局はやはり昔のあの白いご飯やうどん、パスタが恋しいということになって、ついつい外食の際などに手が出てしまうことになる。

 

つまり、「主食」という概念そのものを捨て去るのだ。実はここから、糖質制限食の実践は始まる。では、何を食べるのか。おかずだ。タップリの野菜サラダや前菜に始まり、メインも肉や魚をタップリと摂る。そしてパンやご飯などは食べない。もし食べたかったら、最後にひと口。これで十分と考えるのである。

 

食べる順番を大事にするのは、人間が食事を摂る際、胃の中には食べた順から送り込まれていくためで、川初に野栄類や糖質の少ない前菜類を食べると、それ以上は血糖値が上がらない仕組みになっているからだ。

 

これを主食と共に食べるとどうなるか。おかずと共に、いきなり胃の中に糖質の高いご飯類が飛び込み、血糖値が急上昇し、インスリンの追加分泌が膵臓からドバッと普段の3倍程出る。それが運動などで消費されないと、体脂肪として蓄積される。

 

こう考えると、丼物もパスタもよくない。丼物は、おかずの乗ったご飯をいきなりかき込むからだ。パスタも前菜からゆっくり食べればまだいいが、通常は熱々をいきなりススリ込む。そして、その後に小さな備え付けのサラダを食べる。食べる内容以前に、食べ方
自身が血糖値の上がる食べ方、太る食べ方をしているのである。

 

主食という概念を捨てると、俗に言う「ばっかり食べ」が可能になる。主食のご飯の上に何かを乗せて食べるのではなく、サラダならサラダ、肉なら肉ばっかりを食べることだ。こうして血糖値の上がらない食べ物順に、胃の中に収めていけば同じ食品を食べても血糖値は上がりにくくなる。

 

糖質制限食とは、すなわち、毎日の食事をこのように合理的に食べられるようになる新しい食習慣のことである。

 

「主食」という従来の食事の概念を捨て切れないと、どうしてもそれに代る「代用品」を探したくなる。和食は元来、懐石料理などにも見られるように「懐石食べ」という食べ方で、最初に八寸から始まり、汁物、お刺身と続いて、最後にお膳が少量出てくる。

 

ところが、いわゆる「定食スタイル」は、ご飯を主食に、右手に椀を持って味噌汁、そして中央におかずを置き、ご飯茶碗を持っておかずを食べるのが伝統的なスタイルだ。このため、どうしてもご飯を食べる順が早くなり、量も多くなる。また、よりボリュームの多い食事にしようと、お味噌汁の代わりにうどんなどの炭水化物の丼を加える時もある。

 

これが、悪名高い「糖質の共食い」である。

 

こうした伝統的な食習慣から、健康のために脱しなければ、糖質過多の食事で傷付いた身体は治せない。

 

つまり、「主食」を抜くからといって、いつまでもその代用品を追い求めては、そこから抜けられないのだ。これに替り「主食」なしに、おかずを二、三品食べ、ボリュームのあるお豆腐などでお腹を膨らます。それでバランスの良い食事が摂れていれば充分と考えればいい。

 

しかし、何事もせいては事をしそんじる。糖質制限食を成功させるコツは、いきなり大胆な改革を試みず、少しずつ、新しい食習慣に移行させていくことである。私も最初は、糖質制限食で食べられなくなった主食の代りに、ふすまパンをその代用品にあてだ。だが正直、主食の代用となる程、美味しいものではない。だから、そのうち食べなくなった。

 

それでいいのだ。どうしてもパン類が食べたくなったり、サンドイッチが食べたい時は、それで調理するようにしている。

 

次に、主食代りとして豆腐を多く食すようになった。

 

豆腐は、毎日食べても飽きないし、ボリュームもある。高タンパク、低カロリーの極めて優れた大豆食品だ。この豆腐を主食代りにすると食事のバランスはよくなるが、おかずがそのままだとやはり主食としては物足りなくなる。そこで我家では、塩分を控え目にするためにも、おかずの味付けを薄くした。こうすると主食であるご飯をおかずと共に食べる習慣がなく、おかずそのものの美味しさが単独で味わえる。こうなる彑豆腐も備え付けの冷奴ぐらいでよくなった。

 

すなわち、主食という概念を捨て去ったことで、我家ではより自由で健康によい素材を用いた。薄味の料理が食卓を賑わすようになったのである。

 

こうした「過去の食習慣」との決別にはやはり、1年間ぐらいかかった。そのぐらい食習慣を変えるということは、正直難しいことだった。

 

「同志」を集める

 

こうした「革命的食事」を、自分一人だけ、あるいは1軒のみで続けていると、どうしても孤独になってくる。いくら理論的に正しくとも、周囲と全く異なった食べ方や料理を食べていると辛くも感じる。

 

そこで「同志」を集めることにした。

 

糖質制限食を一人で始めてから、約4ヵ月で体重20キロ減をキープし、血糖値も基準域に戻った私は、仕事の打合せも兼ねて、東京に取材に出るようになった。

 

4ヵ月振りに会う人々は、私の余りの激ヤセ振りに大いに驚いた。余り急激に痩せたため、どこか悪いのだろうと勘違いしたのである。そうではない。むしろ、丸々と太っていた昔の方が病気だったのだ。

 

もうひとつの反応は、「20キロダイェットしました」と言うと「エエーッ、凄いですね」という羨望の眼差しを向けてくれるもので、毎朝の運動や厳しい食事制限に耐えてよく頑張ったという称賛の意味合いがそこに込められていた。特に、男の知人の動揺が激しかった。それまで丸々と太っていた私かアッという問に痩せたのを見て、自分自身の体調や体型、そして健康状態が気になったのである。

 

一方、女性の知人達はダイエットに敏感で、ひたすらその努力を褒めてくれた。しかし、現実には食聨における糖質を制限しただけで、大した運動もせず、ほぼ3ヵ月間家で読書していたのである。なのに、これだけ周囲の注目をあびるとは。私は、今更ながらダ
イエットが多くの人達の悩みであり、痩せるということへの強い願望を抱いていることを知った。

 

また、自分がいざ痩せてみると周囲の男の健康状態が気になり始めた。そこで、特に仲の良い友人には、自分の糖尿病体験を語りながら、健康への注意とダイエットの必要性を促した。生活習慣病で倒れるという自分のような体験をして欲しくないという本心からだった。

 

やがて、一人、二人と私の痩せる姿を見て糖質制限食に挑む男達が現れた。

 

こうした「糖質制限仲間」と時々会って、糖質制限に関する情報交換を行なったり、現在の糖質制限について語り合う。その際、糖質制限食を食べられるレストランなどを実際に体験し、共に肉や魚を食べて赤ワインを飲む。

 

実際に集まってみると、都内の有名ホテルの元総支配人を始め、産婦人科医、日本を代表する光学メーカーの技術者など錚々たる人材が集まった。

 

その後、折りに触れて集まっているが、皆いかにも仕事も出来そうな中高年たちばかりである。彼らは皆、仕事優先の余り、つい食と健康をおろそかにし、メタボリックシンドロームと糖尿病を始めとする生活習慣病に罹り、私同様そこから一目散に逃げ帰ること
の出来た勇者ばかりである。

 

糖質制限食は、別名「満腹ダイエット」と呼ばれ、肉、魚、豆腐、糖質の少ない野菜類を沢山食べても痩せていき、血糖値も改善していく食事療法だが、最初の3週間の激ヤセ期、工年間の定着期を越えるあたりから、更に新たな変化を身体の中に生む。それは食欲と味覚の変化だった。

 

食欲でいえば、以前と同様に肉、魚、野菜、豆腐類は沢山食べるが、その量は次第に少なくなっていく。すなわち、余り食欲を感じなくなってきた。これは決して体調が悪いわけではなかった。食欲のままに糖質の高い食品を食べていた時代に比べ、明らかに「食べたい」という欲が少なくなってくるのだ。

 

糖質を多く含む食品を食べて、血糖値が乱高下していた時代は、インスリンの追加分泌が出て血糖値が降下する時に、急激な空腹感を覚えていた。これが糖質の少ない食事を続けているうちに、血糖値の乱高下も起こらなくなり、食欲そのものも必要以上には感じない身体に変わっていたのだ。

 

外食への準備不足

 

糖質制限食を始めた「最初の3週間」で、この食事が持つ脅威的なダイエット効果を実現し、20キロ減となった私は、それから67キロになった体重を維持する作戦に切り替えた。

 

苦しんだのは、3週間目を過ぎたあたりから、東京や大阪などに取材に出た時である。

 

当時は、まだ外食での糖質制限食への対応が出来ていなかったため、昼間や夜、外食で食べるものがなくなってしまったのだ。

 

すなわち、自宅の食事では初期の糖質制限食がある程度、ルーティン化し出しだのだが、休養中、ずっと家の中に籠っていたため、外食での糖質制限に対する「備え」が全く準備できていなかったのだ。

 

その準備不足と矛盾が、仕事に復帰した時、まず最初に噴出することになった。

 

約3週間の糖質制限食で家では急激なダイエットに成功したが、外出先ではまだ「定食」、「一気食い」、「丼物」、「ファーストフード」の世界が広かっており、特に昼食の際は何も食べるものがないと面くらっだ。「糖質の多い食べ物を避ける」、「主食を抜く」という糖質制限食の基本はある程度分ったが、その応用がまだ出来ていなかったのだ。

 

特に「コナもん」の街、大阪に取材で2泊3日出張した時は辛かった。都心部でのホテルの食事は高いので、周辺の街中を歩くと、見事にお好み焼屋、タコ焼き屋、うどん屋、ラーメン店、ファーストーフードのハンバーガーショップしかない。たまにあっても、地元民以外は入るのに敷居が高そうな居酒屋しかない。

 

無理して入っても、ビールはダメ、酒はダメ、冷奴と焼き鳥ぐらいの注文では、お店の大将からもいぶかしがられるだろう。

 

そんな思いが出張中の頭を駆け巡り、ホテルの周囲をグルグルと回ったあげく、ようやく各種の定食とうどん、そばを用意しているチェーン店に入った。ここで鶏のカラ揚げ定食と冷奴を注文し、野菜部分を先に食べ、冷奴、鶏の唐揚げの順に食し、ご飯は全部残した。

 

しかし、それだけでは空腹感は収まらず、ホテルに戻る前にコンビニに寄り、6Pチーズと冷奴を買ってホテルで食べた。ホテルのルームサービスを見てみると、深夜は大阪らしく、うどんとかスパゲティというコナものが多く、サラダを単品で注文しようかとも思ったが夜も遅いので諦めた。

 

翌日は、朝から収材で大阪から車で約1時間の郊外まで行った。この時、朝食を食べ捐ねたので、お腹が空い仕方がない。モーニングーサービスを出す喫茶店もすぐに見つからず、やむなく立ち食いうどん屋に入って、鴨南蛮うどんを頼み、鴨だけ食べるのも気が引けたのでうどんを半分ぐらい食べた。糖質を多く含む食事を食べたのはほぼ1ヵ月振りだったが、糖質制限食の禁を破って食べてしまったということで、せっかくの関西風うどんも余り喉を通らなかった。

 

不思議なもので、一度糖質を摂ると、次々と糖質が襲い掛かってくる。取材を済ませた後、取材者の好意で芦屋の中国料理店に行くことになり、ここでもメニューの選択に苦慮し、副菜とチャーシュー麺の麺大幅残しという「荒業」で逃げ切った。その後、夕方まで取材し、カメラマンと打ち合わせでコーヒーを飲むが、いつも家庭で使っているラカットSが尽きてしまったので、苦いブラックーコーヒーで我慢するしかない。

 

その後、食事でもと思ったが、糖質制限食をしていない人に気を遣わせるのもどうかと思い、夕方ホテルに戻り、再び前日の定食チェーン店に入り、野菜炒めと冷奴のおかずだけ食べ、ご飯を多く残した。

 

翌日は、ホテルの朝食ブッフェで、サラダや卵、ハムを沢山食べて帰京したが、帰りの新幹線の中で食べる駅弁がない。日本の駅弁というものは、怖しく糖質量の多い食材を使っており、絵に描いたような「定食」パターンである。これも最近では、平気でご飯だけ残して糖質量に少ないおかずだけ食べるようになったが、当時はこうした「割り切り」がなかなか出来なかった。

 

当時はとにかく糖質を制限しなければいけない、という「防御」の思いが先行して、糖質の少ないものなら満腹食べてもいいという「攻め」の糖質制限の発想に至らなかった。

 

そして、コナもんの街、大阪のリアルな現実に圧倒され、出張から戻ってみると67キロまで落ちた体重が72キロに増えていた。これには驚いた。

 

ここで踏ん張らねば、せっかく3週間で20キロ痩せても、リバウンドで元の体重、いやそれ以上に戻るかもしれないと危機感を募らせた。再び、家庭食中心の得意の糖質制限パターンに持ち込み、約1週間で5キロ落して再び67キロに戻った。

 

この強烈なリカバリーによって逆に私は、糖質制限食への信頼を更に深めることが出来た。糖質制限食開始3週間目までは、まさに「スーパー糖質制限」 一直線であった。とにかく最初の目標である短期間で体重減を実現するため、ガムシャラに突っ走った。―週間目で糖質の最後の抵抗となった心の不安を感じても、そのまま続けると体脂肪が燃焼させるメインスイッチがポーンを入って急に楽になった。そして1日2キロ以上の怒涛の体重減が始まった。

 

当時は、まだ糖質制限食についての解説書も少なく、とにかく糖質を制限することに懸命だった。その一方、脂質やタンパク質をより多く摂るべきだということが頭では分っていても、まだ実践できていなかった。

 

また、エネルギー不足のせいか、身体がフラついた。今、思えば誰の指導も得ずに、自分一人で江部医師の著作のみを読んで実践を始めただけに、いろいろ初歩的な過ちも犯していたのである。

 

私はそれらを注意深く期間ごとにひとつひとつ解決し、クリアにしていった。特に、糖質制限食を始めて3ヵ月程後に、東京で行なわれた会員組織の糖質制限食の集まりで、医師にお目にかかり、その後もメールなどでアドバイスしていただいたことが大変参考になった。また管理栄養士からも外食での糖質制限食についての様々なアドバイスをいただいた。

 

こうして、血糖値の数値が下がったことを確認してから、自分の判断で血糖降下剤の服用を中止するなど、先手先手で改善への試みを続けることが出来るようになった。

 

また、出張先での失敗から、外食での糖質制限食についても、その後様々な工夫を行なうようになった。糖質制限だけではなくここのサイトのダイエットの情報もかなり役にたった。

 

しかし、こうした改善も全て、最初の3週間で体重が20キロ減ったという「事実」のおかげである。あれほどブヨブヨしていた自分のお腹が急に引っ込み、殆んど運動もしていないのにみるみる痩せてスリムに変身していく。この最初の「糖質制限ダイエット」の成功がなかったら、その後の2年半に渡るリバウンドなしのキープもなかったように思う。

 

まさに「先んずれば、糖質を制す」、先手先手と手を打っていって、糖質が体に入ってこないようライフスタイル全般を「糖質制限食」の観点で徹底的に見直すことが大切だ。

 

それも、一般論ではなく、自分の現実的な生活習慣や仕事のスタイルに即して、その実践方法を変え、まさに自分のオリジナルな糖質制限生活習慣を創り上げていくことが大切である。

 

自宅で仕事をする私は、ダイエットを約3週間、血糖値改善を約3ヵ月ちょっとで実現したが、ビジネスマンの方などはダイエットを3ヵ月、血糖値改善を約半年ぐらいの期間を目標に、着実に無理なく実現していくのがいいと思う。

 

「糖質」を制限して分った自分の生活習慣

 

糖質制限食を継続して糖尿病と生活習慣病を克服するまで約二年半かかった。その間、自分は何故、この病に陥ったのかを考えた。

 

その対策なしには、治っでもまた再発しかねないからだ。糖尿病に関連した医学の様々な最先端研究を専門書や研究者に聞いて調べるうち、次の習慣が原因ではないかと分ってきた。

 

 

@「座りっぱなし」の執筆

 

これは作家にとって職業病ともいえるものかもしれないが、座り時間が長い程、肥満や糖尿病、動脈硬化や心疾患のリスク増に継がることが、オーストラリアの研究で分かってきた。その結果、1日の座り時間が長いと内臓脂肪型の肥満となり、善玉のHDLコレステロール値が高く、動脈硬化も進んでいることが分かった。同時に心筋梗塞や脳梗塞のリスクも上昇していた。

 

つまり、例え1分でも立っている時間を増やすことが必要だと分かった。

 

ならば、机を高くして立って書き続けるのもいい方法だが、それも無理なので、以前のように締め切り前は、―日中座り続けるような生活は辞め、1時間に1〜2回は立ち上がり、床でジャンプして全身の血行を促進する他、家の料理や後片付けを進んで手伝い、少しでも頻繁に身体を動かすようにした。

 

また、昼食後に1時間程度のウォーキングをして、出来る限り歩くように改善した。締め切りがなければ、午前中から少し長く歩き、ついでに往復1時間ほどで歩いていけるスーパーで豊富な食材を買って帰ることにしている。

 

これでもやらないよりはいいことだ。座りっぱなしの執筆というのは、作家にとっていいことであると思っていたが、実は健康的には1秒でも良くないことだったのだ。次は友人のアンチエイジング医師の勧めに従い、自宅でランニングマシーンを買い、一日必ず決まった量を運動するようにしようと計画を練っている。

 

 

A深夜の執筆生活

 

睡眠不足や不規則な生活が続くと、例え短期間でも肥満や糖尿病のリスクが高まることが最新の研究成果で分かっている。

 

また、私のように既に糖尿病にか罹った人も、睡眠の質を保だないと、朝食前の血糖値度が高くなり、インスリン値も高く、インスリン抵抗性も高かった。

 

私の場合、取材などで身体を動かしている日は、打ち合せなどで夜遅くまで飲食の機会が多かった。これも編集者とのつき合いのひとつで、営業の機会であると思っていた。その生活が締め切り前になると更に崩れ、夜中に書いて朝眠るという生活にあった。

 

これ自体は止むを得ないのだが、こうした不規則な生活を続けると、体内の生体調節との間に葛藤(コンフリクト)が起きてくる。

 

あるいは摩擦と言い換えてもいいかもしれない。最新の医学研究情報を調べているうちに、私はこの「サーカディアンリズム」というのが非常に大切だと気付いた。すなわち生活の基本的なリズムを乱さないということである。

 

糖質制限食を続けながら、自分の身体のことをよく考えてみると体内というのは光のない真っ暗闇の状態だ。そこに朝の到来を知らせるのは、まず目から入った光である。続いて、胃に何か入ってくると前日の夜から長い空腹期間が開けて、朝食になったと分かる。

 

朝の光を目から受けて動き出すのは、脳の働きだが、人間の体内の働きを司るのが消化吸収を受け持つ腸の働きである。この腸は、「第二の脳」と呼ばれるぐらい重要な働きをし、食べ物の刺激に応じて免疫系、神経系、内分泌系のホルモンを動かし「食べる」というストレスに対抗して体内を一定に保とうとする。このリズムを出来るだけ乱さぬよう、毎日の生活習慣を組み立てていくことが大切である。

 

糖尿病関連で最近注目されているのは、食べ物が胃や腸を通過する時、腸の上皮にある内分泌細胞にその刺激が伝わって出るインクレチンという消化管ホルモンだ。消化管の中に食べ物が入るとこのインクレチンが分泌され、血糖値を下げたり、腦に働きかけて食欲を抑えるのである。

 

私のような糖尿人は、このインクレチンのうち小腸下部から出ているGLP−1というホルモンの分泌障害が起きていることが考えられる。

 

あるいは、糖質を多く含んだ米、麺類、パン類の食べ過ぎと締め切りによる運動不足などから内臓脂肪の蓄積が進み、その結果、膵臓からいくらインスリンを分泌しても、血液中の高血糖が下がらなくなった、いわゆる「インスリン抵抗性」が高まったことが考えられる。血糖値を下げなければ、血液中の高血糖状態が続くため、血管内皮を傷付ける。この結果、先に挙げたインクレチンの分泌障害などの神経障害、足のつり、足先のしびれなどが進んできたと考えられる。

 

このように、肥満とその結果起る糖尿病は、人によって起す原因が様々だ。同じ生活を続けていても、両親が糖尿病であったりすると、その遺伝を受けてI型糖尿病になる場合もあるし、私の様に作家という職業に伴なう生活習慣が引き起すU型糖尿病もある。それを治すには、糖尿病になった原因をまず突き止めなければならない。

 

私の場合、上記の@Aに加えて夜に糖質の高い食事を摂り、更に徹夜中に夜食として再び麺、パン類を食べるという「一日中糖質生活」と締め切り前に徹夜したりしていた「サーカディアンリズム」の乱れが肥満や糖尿病の原因と自分で理解している。

 

医師の提唱する「糖質制限食」はこの原因の一つである「糖質過多」な生活を短期間で改めてくれた。更に、糖質の高い食事を摂らないことで、糖尿病の進行が抑えらわ、体脂肪が燃えて、肥満からも短期間で脱出できた。まさに、私にピッタリ合った食事瞭以だったのである。その意味で、私と医師の著作との出会いは、まさに幸運であり神様がくれたサイン」であった。